都市の緑としての鎮守の森 

兵庫県立大学教授 田原 直樹 

失われた自然の記憶 

都市の緑と言えば、まず公園が思い浮かびますが、わが国の都市には他の国にはない特徴的な緑があります。社寺の緑、いわゆる鎮守の森です。 歴史が古い社寺の場合には、かつてその地域にあった自然の特徴が継承されていることがしばしばあります。 その意味では、都市の鎮守の森は、失われた自然の記憶であり、自然からみた地域の個性の象徴であるとも言えるでしょう。 

地域コミュニティの象徴 

自然的な文脈だけではなく、 社会的な文脈においても同様のことが言えます。 鎮守の森は、かつてそこにあった旧集落に営まれていた社寺の森であることが多いのです。 だから、鎮守の森の周囲には、 今でも地縁的な紐帯の強い地域社会が生きていることが少なくありません。 あたかも森を囲む共同体が営まれているかのようです。 地域コミュニティの象徴としての森、それもまた、鎮守の森の特徴のひとつと言ってよいのではないかと思います。 

変貌した鎮守の森 

「○○原生林」と呼ばれて親しまれている鎮守の森があります。長い時間を生き抜いてきた鎮守の森に、太古の森のイメージを重ねるのは自然な成り行きと言えますが、厳密な意味で原生林と言えるほどのものはめったに存在しないようです。 実のところ、鎮守の森は、私たちが思っている以上に大きな変貌を遂げているのです。 

鎮守の森の代表的な樹木と言えば、 何を思い浮かべますか。 クスノキと答える人が多いのではないでしょ うか。確かにクスノキには、鎮守の森にふさわしい存在感があります。 鬱蒼と生い茂る大きなクスノキを見ていると、数百年前からずっと同じ姿であったことを疑う気にはなりません。 しかし、 意外なことに、江戸時代に描かれた絵図を見ると、鎮守の森の多くはマツを主体とするものでした。 江戸時代の人にとって、鎮守の森とはマツの森だったのです。 
今では、こうしたマツの森は見ることができなくなりましたが、いくつかの社寺には当時の面影をしのぶことができるたたずまいが残っています。 写真は、そのひとつ、西宮戎神社の境内です。 

鎮守の森を世界遺産に 

長い歴史をもつ鎮守の森にも衰退の兆しが表れています。 社寺への信仰の変化もあって、 都市部では樹木がまったくない社寺が増えています。 しかしながら、さまざまな特徴をもつ鎮守の森は、世界遺産に値するのではないかと思います。 日本が世界に誇る文化的緑として、これからのまちづくりに生かしていきたいものです。 

2007年10月 花緑センターだより 2号より

平成19年度(2007)